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1) 高校受験の足音が聞こえ始めた中学二年の秋、別段、目指していた高校があるわけでもないくせに、僕は自ら志願して塾に通うことになった。 理由は単純で、塾の話で盛り上がる友人を羨ましくなったからだ。 もし彼らが通っていたのがお料理教室なら、僕はフライパンを振っていただろうし、ラグビー教室ならスクラムを組んでいたはずだ。 どちらも悪くない青春を過ごせただろうが、とにかくそのようにして僕は学校が終わってからも鉛筆を握ることになった。
2) いざ通いだすと、途端に億劫になった。 塾の話で盛り上がっていた友人達も同様に苦痛な時間を過ごしているようだ。 彼らが楽しそうに盛り上がっていたのは、乾いた砂漠でたまたま見つけた泥水で構成された水たまりに歓喜するキャラバンのそれにひとしかった。 最初から家で冷たいサイダーでも飲んでいたらよかったのだ。 そもそもが苦痛を共有しようとした彼らの罠であったのかもしれない。 泥水の水たまりさえ本当は存在しなくって、彼らは蜃気楼の話でもしていたのかもしれない。
3) その塾まではなかなかの距離があったので、僕たちは黒曜石みたいなおじさんが運転する「塾バス」なるものに乗り合わせて通っていた。 19時に公園に近所の通学生が集まり、砂漠を彷徨い、21時30分に同じ公園におろされる仕組みだ。 僕たちが解散するまでエンジンをかけたまま黒曜石は発進しない。 夏の気持ちの良い夜なんかだとそのまま友人たちと公園で話をしたかったのだが、なんとなく見張られているようで、僕たちはそれぞれの帰路に就くことになる。 僕はいつもの近道である土手を駆け下りる。ちょっと急だけど、ここを下れば3分は早く家に着く。 そして、ちょうどかけおりたくらいになって、ようやく「塾バス」は動き出す。
4) 通い始めてぴったり一年くらい。高校受験の足音が耳をつんざきはじめた中学三年の秋、ある日突然「塾バス」の運転手が変わった。 話したこともない運転手が変わったからといって、それはまったく僕の心を動かさなかった。 友人に言われて初めて気が付いたくらいだ。
5) 21時30分にいつもの公園で降ろされる。 降ろされると同時に「塾バス」が発車する。ここでようやく運転手がかわったんだなと実感した。 見張りはなくなったものの、即時帰宅を訓練されたおりこうさんたちは誰に言われずともそそくさと帰路に就く。
6) いつもの近道の土手を駆け下りようとして、僕は足をとめた。 街灯のないその土手は真っ暗でとても駆け下りるなんてできなかったからだ。
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2022年12月19日(月)
No.73
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